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浦和地方裁判所 昭和61年(ワ)216号 判決 1990年1月29日

原告

羽田宏治

ほか一名

被告

中島斌

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告羽田宏治に対し、金一七八二万五五四四円及びうち金一六五一万六五四二円に対する昭和五八年八月三〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告は、原告田村豊に対し、金一四五〇万三六七〇円及びうち金一三一九万四六七〇円に対する昭和五八年八月三〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  交通事故の発生(以下、「本件事故」という。)

(一) 日時 昭和五八年八月二九日午後三時五分ころ

(二) 場所 埼玉県北葛飾郡杉戸町大字椿八五九番地先交差点(以下、「本件交差点」という。)付近路上

(三) 加害車 普通乗用自動車(大宮五七や九三六七―以下、「被告車」という。)

右運転者 被告中島斌

(四) 被害車 普通乗用自動車(大宮と三六七―以下、「原告車」という。)

右運転者 原告田村豊(以下「原告田村」という。)

同乗者 原告羽田宏治(以下「原告羽田」という。)

(五) 態様 原告車が関宿町方面から宮代町方面に直進し、被告車が宮代町方面から関宿町方面に向かつて進行して来て本件交差点において庄和町方面に右折進行しようとして、両車両は衝突した。

2  被告の過失

被告は、宮代町より関宿町方面に向かつて進行して来て本件交差点において庄和町方面に右折しようとしたものであるが、交差点を右折する際には、前方を注視し対向車両がないかどうかを確認のうえ交差点外側を進行すべき注意義務があるのに、右折方向ばかりに気をとられ前方を注視することなく交差点内側を右折した過失により、関宿町方面から宮代町方面に向かつて直進してきた原告車の発見が遅れ原告車に衝突したものである。

3  原告らの損害

(一) 原告羽田

本件事故により原告羽田は外傷性頸部症候群、左上腕左手打撲の傷害を受け、左記のとおり損害を受けた。

(1) 治療費 二八三万三〇五〇円

(2) 通院交通費(昭和五九年六月三〇日まで) 一七万〇六二〇円

(3) 入院雑費(一日一〇〇〇円、入院期間三一日分) 三万一〇〇〇円

(4) イトーヨーカ堂給料減額分(昭和五八年九月から同六〇年一二月まで) 一四八万一八七四円

(5) 自営業(古物商)逸失利益(昭和五八年九月から同六一年二月まで) 一一四〇万円

(6) 慰謝料 三〇〇万円

右合計金一八九一万六五四四円

(二) 原告田村

右事故により原告田村は腰部、左手関節打撲捻挫の傷害を受け、左記のとおり損害を被つた。

(1) 治療費 七四万二七三〇円

(2) 通院交通費 二五万一九四〇円

(3) 自営業(古物商)逸失利益(昭和五八年九月から同六一年二月まで) 一一四〇万円

(4) 慰謝料 二〇〇万円

右合計金一四三九万四六七〇円

4  原告羽田は、自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という。)により金二四〇万円、原告田村豊は、同保険により金一二〇万円の支払いをそれぞれ受けている。

5  原告両名は、本訴の追行を原告ら代理人に依頼し、その手数料・謝金について日本弁護士連合会報酬基準規定によることを合意したところ、右規定によれば請求金額二九七一万一二一四円に対する手数料・謝金は一三〇万九〇〇〇円である。

6  よつて、原告羽田は、被告に対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき金一七八二万五五四四円及びうち金一六五一万六五四二円に対する本件事故の翌日である昭和五八年八月三〇日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を、原告田村は、被告に対し、同様に金一四五〇万三六七〇円及びうち金一三一九万四六七〇円に対する右同日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による金員の支払いをそれぞれ求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1のうち、(一)、(二)、(三)は認め、(四)のうち、原告らが乗車していた車両が普通乗用自動車(大宮と三二八七)であつたことは認めるが、原告車の運転者については否認する。原告者の運転者は原告田村ではなく、同羽田であつた。(五)のうち、被告車が宮代町方面から関宿町方面に向かつて進行して来て、本件交差点において庄和町方面に右折しようとしていて、両車両が衝突したことは認めるがその余は否認する。原告車は関宿町方面から宮代町方面に直進したのではなく、幸手町方面から進行して来て本件交差点において宮代町方面に右折進行したのである。

2  請求原因2のうち、被告が被告車を運転して本件交差点において、宮代町より関宿町方面に向かつて進行して来て、庄和町方面へ右折しようとしていたことは認めるが、その余は否認する。

3  請求原因3は不知。

4  請求原因4は認める。

5  請求原因5は不知。

三  抗弁(相殺)

1  被告は、原告田村から「ピストルで殺してやる。」と脅迫され、現に原告らから度重なる脅迫・強要を受けてノイローゼになり、経済的・精神的に重大な損害を被つた。

この被告の損害は、原告らの損害を上回つている。

2  被告は、原告らに対し、昭和六三年九月一九日の本件口頭弁論期日において、右損害賠償請求権をもつて、原告らの本訴債権とその対等額において相殺する旨の意思表示をした。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1(一)、(二)、(三)の事実は当事者間に争いがなく、同1(四)のうち原告らが乗車していた車両が普通乗用自動車(大宮と三六七)であつたことも当事者間に争いがない。

二1  当事者間に争いのない右の事実と成立に争いのない乙第一号証、第二号証の一ないし八、第三ないし第五号証、第一三号証、並びに原告田村及び同羽田各本人尋問の結果によれば、次の事実が認められる。

(一)  原告羽田は、昭和五八年八月二九日午後一時過ぎに原告車に乗つて自宅を出発し、原告田村宅に寄り、同二時過ぎ同原告方から今度は原告田村が原告車を運転し、同羽田がこれに同乗して、同日午後三時五分頃本件交差点付近に至り、同交差点を関宿町方面から宮代町方面に向かつて直進しようとした。

(二)  被告は、同日時頃、医薬品の配達のために、県道次木杉戸線を宮代町方面から関宿町方面に向けて被告車を運転し、同交差点に至り、本件衝突地点から約一五メートル手前で対面信号が青であることを確認したので、減速しながら、同交差点を庄和町方面に右折しようとした。

(三)  本件交差点付近において、庄和町方面から幸手町方面に至る道路は、その幅員が宮代町方面に至る路幅よりやや広目で、ほぼ直線であるのに対して、関宿町から宮代町に至る道路は、宮代町方面に至る道路の幅員が約五・五メートルで、関宿町方面に至る道路のそれもほぼ同程度の広さであるが、関宿町方面と宮代町方面とでは丁度その路幅程度左右にくびれた状態の変形交差点になつている。

(四)  被告は、通り慣れた道路で、本件交差点が前記のような変形交差点であることを知つており、内回りをして右折した方が右折しやすいと考え、衝突地点の約一〇メートル手前から、右折の合図をし毎時約二〇キロメートルの速度で進行しながら右折を開始した。

(五)  原告田村は、本件交差点手前で、右折の合図をしていた被告車の存在を確認したものの、被告車は原告車が通り過ぎるまで待つてくれるものと考えて、時速約三〇キロメートルで走行していたのを少し減速しただけで、そのまま右交差点に進入した。

(六)  ところが、被告は、庄和町方向に気を取られ、原告車の進入に気付かず、衝突直前になつて原告車を発見し、急制動の措置をとつたが間に合わず、原告車の左前部と被告車の右前部が衝突するに至つた。

2  これに対し、被告は、その本人尋問において、原告車を運転していたのは原告田村ではなく、原告羽田である旨供述している。しかし、他にこれを首肯するに足りる裏付となるべき証拠はないばかりか、前記乙第三、第一三号証によれば、本件事故の刑事事件の捜査段階においてはその旨の主張をしたことが全くうかがわれず、これらの事情に照らすと被告の右供述は採用することができない。

また、被告は、原告車は関宿町方面から宮代町方面に向けて直進してきたものではなく、幸手町方面から対面信号が赤であるのを無視して宮代町方面に右折してきた旨主張するが、これを肯認するに足りる証拠は見当たらず、被告自身その本人尋問において、原告車は庄和町方面から宮代町方面に向かつて左折してきた旨供述している部分もあるのであつて、被告の右主張は到底採用できない。

他に前記認定を履すに足りる証拠はない。

3  以上の事実によれば、被告は、本件交差点を宮代町方面から庄和町方面に右折しようとしたのであるから、被告には、関宿町方面から庄和町方向に交差点を直進しようとする対向車の有無、動静に注意し、その進行を妨げないように安全を確認して交差点の中心(本件交差点において宮代町方面から庄和町方面に右折する場合には、宮代町方面から本件交差点への道路の中心線と幸手町方面から庄和町方面への道路の中心線との交点付近と考えられる。)の直近内側を右折すべき注意義務があるにもかかわらず、被告はこれを怠り、対向直進車両の有無、動静に注意しないまま、漫然と本件交差点の中心から離れた内側部分を右折しようとした過失により、本件事故を生ぜしめたものというべきである。

三  原告羽田の損害

1  治療費

原告羽田本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第二ないし第四号証によれば、原告羽田は、本件事故により、外傷性頸部症候群、左腕・左手打撲傷の傷害を負つたことが認められ、甲第二一号証によれば、同原告が右傷害の治療のため金二八三万三〇五〇円を要する治療を受けたことが認められる。

しかし、右甲第二ないし四号証の診断内容は患者の疼痛を主訴とするものであるところ、前記二掲記の証拠によれば、同項で説示したような態様で衝突したことのほか、原告車は一〇〇〇CC、被告車は一二〇〇CCの両車両とも普通乗用車で、ともに衝突時にはかなり減速しており、被告車が右前部を削り取られたように損傷しているのに対して、原告車の損傷は右横前半部を擦過しややへこんだ程度の状況であるにすぎないことがうかがわれ、また、成立に争いのない乙第七号証によれば、事故当日の医師の診断では原告羽田の本件事故による疾患は全治約一週間の見込であつたことが明らかであり、同原告自身その本人尋問において、衝突直後真先に原告車を降りて被告に向かつて話しかけ、同日東埼玉病院において骨には異常がなく通院で治ると診断され、そのまま帰宅したことを自認しており、原告両名及び被告本人尋問の結果によれば、原告羽田は、同田村とともに、入院中及び退院後も度々被告方に赴き、本件事故による損害額について算定しないままその賠償を要求し、被告に対し脅迫的言動を弄していたことが明らかである。

以上の事情と弁論の全趣旨に照らすと、結局原告羽田については、東埼玉病院を退院した昭和五八年九月三〇日までに加えられた治療の費用は本件事故と相当因果関係ある損害と認められるが、その余の入院費や右退院後の治療費等は本件事故と相当因果関係ある損害と認めることはできない。

そこで、原告羽田の本件事故と相当因果関係ある治療費としては、原告羽田本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第五、第六号証により、昭和五九年九月三〇日までに要した治療費と認められる金一八万一八六〇円と認めるのが相当である。

2  通院交通費

原告羽田は、昭和五九年六月三〇日までの交通費として、金一七万〇六二〇円を要したと主張するが、前記のとおり原告羽田が東埼玉病院退院後に要したと主張する治療費は、本件事故と相当因果関係ある損害と認めることはできないので、同原告主張の通院交通費も本件事故と相当因果関係ある損害と認めることはできない。

3  入院雑費

前記甲第二、第六号証によれば、原告羽田は東埼玉病院に合計三一日間入院したことが認められ、その間諸雑費を支出したものと推認されるが、前記のとおり本件事故による傷害の加療のため入院が必要であつたと認めることはできないので、右諸雑費は本件事故と相当因果関係ある損害と認めることはできない。

4  イトーヨーカ堂給料減額分

前記のとおり、原告羽田は昭和五八年八月二九日に本件事故にあい、同月三一日から同年九月三〇日まで東埼玉病院に入院して治療を受けていたこと、原告羽田本人尋問の結果により真正に成立したと認められる甲第九号証によれば、右治療期間である約一カ月の間、原告羽田はアルバイト先のイトーヨーカ堂を欠勤していたことが認められる。

右甲第九号証によれば、昭和五八年五月から同七月までの稼働日数合計八三日間で、原告羽田は合計六一万七四八〇円の給与を得ていたことが認められ、本件事故直前三カ月間の一カ月平均の給与は、二〇万五八二六円となる。

そうすると、右一カ月間の休業損害は二〇万五八二六円と認めるのが相当である。

さらに、原告羽田は、昭和五八年九月から同六〇年一二月までの給料減額分を損害として主張しているが、前示傷害の程度からすれば、昭和五八年一〇月一日以降も本件傷害のため欠勤を要したとは認め難く、給料減額分の存否については判断するまでもなく、原告が主張する同日以降の給料減額分と本件事故との間には相当因果関係を認めることができない。

5  自営業(古物商)逸失利益

原告ら主張の古物商についての逸失利益に関しその主張に副う証拠として、原告ら提出の甲第一号証の一ないし一二、第二三号証、第二四号証の一ないし四九、第二五号証の一ないし四八、第二六号証の一ないし五〇、第二七号証の一ないし五一、第二八号証の一ないし四四、第二九号証の一ないし五一、及び第三〇号証の一ないし二七、並びに原告両名の各本人尋問の結果がある。しかし、甲第一号証の一ないし一二は、原告らはその各本人尋問に対し、原告羽田が作成した古物商の売上げ帳簿であると供述しているが、これを基礎付ける資料として原告らが提出した売上げ代金の領収証の控えである前記甲第二四号証の一ないし四九、第二五号証の一ないし四八、第二六号証の一ないし五〇、第二七号証の一ないし五一、第二八号証の一ないし四四、第二九号証の一ないし五一及び第三〇号証の一ないし二七は、右売上げ帳簿に記載されている取引の一部について欠けているところがあるばかりでなく、領収証の控えであるにもかかわらず、関東流通センター代表田村豊名下にすべて田村豊の印が押捺されているなど極めて不自然なものである。また、この点に関する原告両名の各本人尋問における供述には不自然、不可解な点が多く、措信し難いのである。したがつて、これらはいずれも原告らが昭和五八年六月から八月にかけて古物商営業によりその主張するような収入を得ていたと認めるべき証拠とし難いものといわなければならず、他に右逸失利益を認めるに足りる証拠はない。

6  慰謝料

本件事故による原告羽田の受傷内容及び程度その他本件に顕れた諸般の事情を考慮すれば、原告羽田が本件事故による受傷のため被つた精神的苦痛に対する慰謝料は一四万円が相当である。

7  以上原告羽田の損害額を合計すると、五二万七六八六円となる。

四  原告田村の損害

1  治療費

原告田村本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第一一及び第一三号証によれば、原告田村は、本件事故により腰部、左手関節打撲捻挫の傷害を受けたことが認められ、甲第一二号証、第一五、一六号証によれば、合計七四万二七三〇円の治療を受けたことが認められる。

しかしながら、右甲第一一号証の診断内容は疼痛の主訴に基づくものであること前記のような本件事故の態様、原告車、被告車の損傷状況、成立に争いのない乙第六号証によれば、事故直後の昭和五八年八月三一日の診断では、全治一〇日間となつていること及び弁論の全趣旨に照らすと昭和五八年八月三一日から同年九月三〇日までの間に治療に要した費用は本件事故と相当因果関係ある損害と認めることができるが、同年一〇月一日以降に要したと主張する同原告の治療費は本件事故と相当因果関係があるものとは認めることができない。

そうすると、原告田村の本件事故と因果関係ある治療費としては、原告田村本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第一二号証により右期間中治療に要したと認められる治療費九万二〇九〇円と認めるのが相当である。

2  通院交通費

前記のとおり原告田村について本件事故と相当因果関係のある治療と認められるのは昭和五八年八月三一日から同年九月三〇日までの間のものであり、同原告本人尋問の結果により成立の真正を認め得る甲第一九号証によれば、同原告の一日の通院交通費は金一〇二〇円であり、また、同第一二号証によれば、右期間の通院日数は一六日であると認められ、この認定を履するに足りる証拠はないから、本件事故と相当因果関係ある同原告の通院交通費は、金一万六三二〇円と認めるのが相当である。

3  自営業(古物商)逸失利益

原告羽田について前記三5において説示したのと同様の理由によりこれを認めることはできない。

4  慰謝料

本件事故による原告田村の受傷内容及び程度その他本件に顕れた諸般の事情を考慮すれば、原告田村が本件事故による受傷のため被つた精神的苦痛に対する慰謝料は一四万円が相当である。

5  以上原告田村の損害を合計すると、二四万八四一〇円となる。

五  弁護士費用

本件事案の性質、事件の経過、本件の認容額その他諸般の事情に鑑みると、原告らが被告に対し支払いを求めうる弁護士費用を認めることはできない。

六  原告羽田が二四〇万円、原告田村が一二〇万円をそれぞれ自賠責保険から保険金の支払をうけたことは原告両名の自認するところであり、右各金額は、前記原告両名の各損害額を上回ることは明白であるから、その余の点については判断するまでもなく、原告らの本件各請求は理由がないといわなければならない。

七  以上の次第で原告らの本訴請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小川英明 熱田康明 西郷雅彦)

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